ラテンアメリカ協会宛の投稿記事 「新スペイン語の逆襲〜米国ヒスパニックが用いるスパングリッシュは定着するか?」

2021年11月 メヒココンサル 代表 瀧澤寿美雄


去る9月に行われたラテンアメリカ協会主催の「ラテンアメリカなるほどトーク」第5回で、私が講演したテーマの内容を改めて振り返り、説明不足であった箇所を補ってここにまとめましたので、スペイン語やスパングリッシュに関心ある方はぜひお読みください。


新スペイン語の逆襲の意味するところ

表題にある「新スペイン語の逆襲」と誇張した見出しを用いた理由から説明します。米国で話されている英語とスペイン語が混ざりあった新しい言語のSpanglish (スパングリッシュ)が、徐々に米国社会に浸透し始めた結果、今後どのような影響を米国社会に与えるかを真剣に考える時期に来ていることを意味しています。このハイブリッドな米国の新言語が国民の間に徐々に普及していくことになれば、将来、スパングリッシュが英語とスペイン語を結びつける潤滑油的な役割を果たすことが期待できます。英語、スペイン語に続く新たな言語「スパングリッシュ」がヒスパニック系米国人に定着するだけではなく、白人、黒人、アジア系の人々にも受け入れられる可能性を秘めているかもしれません。


米国のスペイン語はどう評価されてきたか

ここでスペイン語の特徴について少し考えてみることにします。皆様に質問します。もしあなたがスペイン語を大学の外国語学部で専門として学び、語学習得の目的で留学先を選択する場合、どこの国が一番の候補先に上がるかを考えてみてください。さて、あなたならどこに行きますか?


答えは三つの選択肢が考えられます。本国の欧州にあるスペイン、中南米の20ヶ国ほどあるスペイン語圏諸国の中から一ヶ国選ぶ、という二つの選び方が常識的です。しかし、面白いもう一つのオプションを忘れていませんか?。三つ目の留学先とは、米国でスペイン語が日常的に話されている州内のどこかの都市を選ぶことです。この選択肢は盲点です。米国でスペイン語を学ぼうとは誰も考えなかったことを意味します。


メキシコと国境を接する米国の南西部の州でメキシコ系ヒスパニックが多く住む地域は、カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサスの四つの州があります。この中から大都市ならロサンゼルス、ヒューストンなど、あるいは留学先としては中堅都市か小都市の方が語学習得には向いているかもしれません。メキシコ系以外では、プエルトリコ系が多いとされるニューヨーク州、米国と中南米・カリブ海諸国との金融の玄関口として発展し、キューバ系住民の拠点であるマイアミを抱えるフロリダ州も個性ある留学先と言えます。


スペイン語が話されている地域は大別して、欧州のスペイン、ラテンアメリカやカリブ海の国々、そしてアメリカ合衆国の三つの地域です。さて、私が神奈川大学外国語学部でスペイン語学科に在籍していた1975年頃は、地域別のスペイン語の序列では、スペイン本国のスペイン語が筆頭にあり、その下にラテンアメリカのスペイン語、最底辺にあるのが中南米からの移民の多い米国で用いられるスペイン語という暗黙の了解があったものです。


ネイティブの先生は中南米ではなくスペインの出身者しかいませんでした。当時はスペイン語というよりイスパニア語の方が高級なイメージあったような気がします。大学の学科名がいい例です。上智大学外国語学部イスパニア語科、神戸市外国語大学イスパニア科などが実際存在して、イスパニア語の方がスペイン語という名前より高尚な響きがあるような印象を私は持っていました。


エスパニョル in USA “Hola, Good morning”

以上述べてきたようなスペイン語のステレオタイプ的な概念を打ち破ったのが、実は、2006年4月から始まったNHKテレビ「スペイン語会話」という語学教育の番組でしや。スペイン語教育を職業とする専門家の間では、米国のスペイン語を取り上げたという大英断はかなりの驚きで迎えられたと思われます。NHKのテレビスペイン語は、特にスペイン語を教える日本人教師として異端児と言われた早稲田大学法学部の寿里順平氏を番組の専任講師に抜擢したからです。私は当時、立教大学のラテンアメリカ研究所で寿里先生のユニークな「ラテンアメリカのスペイン語」の講座に出席していました。NHKがつけた「エスパニョルin USA」という講座名は、今思い起こすと、非常に斬新なものであったと思います。


スペイン語の原動力は広域性、拡散力と親しみやすさ

スペイン語の原動力はなんといっても母語話者人口が5億人も存在するうえ、世界各地の欧州から中南米、北米、アジアやアフリカにいたる隅々まで用いられているという「広域性」があげられます。そしてその話者人口が急速に伸びているという「拡散力」です。スペイン語はスペイン、ラテンアメリカやカリブ海諸国だけではなく、アメリカ合衆国で人口増加率が高いヒスパニック系が話者数の底上げをしているのは見逃せません。広域性と拡散力という二刀流で広く用いられている国際的に評価が高まっている言語です。


米国に移り住んだ中南米からの移民のヒスパニック系の米国人が、スペイン語を日常的に使い続ける傾向があることは、よく知られている事実です。彼らの高い人口増加率は注目に値し、2010年5000万人が2019年に6000万人に達したとの報告が、ワシントンにあるシンクタンクのpew research center から発表されています。この意味するところは、スペイン語を話す急激な人口増加が米国社会を文化的および言語的に分断させようとしている現実があります。


面白いことに、スペイン語は欧州のスペインから中南米に普及し、同じ西半球新大陸の米国にまでその言語学的な勢力をここまで伸ばすと考えた人は少なかったと思います。スペイン語の話者人口の伸び率は、今後も以前ほどのスピードではないものの、増え続けると予想されています。とりわけ、米国でスペイン語を話す人口が着実に増えている現実と、英語とスペイン語が混ざり合った新スペイン語とも言える「スパングリッシュ」が普及し始めている現象は見逃せません。


中南米とスペインのスペイン語

スペイン王立アカデミーは、正統カスティーリャ語の制定と擁護を目的に1743年に設立された伝統ある公的機関ですが、純粋なスペイン語がラテンアメリカや米国にそのままの形で継承されることを望んでいました。しかし、現実には、中南米各国に拡散していったスペイン語は、各地域の現地語とも融合しながらその特徴を維持し、進化していったのです。確かに中南米各国のスペイン語はそれぞれ特色があり、メキシコ人が話すスペイン語とイベリア半島のスペイン語(カスティーリャ語)とは違いがあることは知られています。


例えば、スペイン語の発音がスペイン本国に比較的近いと言われるコロンビアやペルーで話されるスペイン語が序列が上である、という考え方があると聞いたことがあります。とりわけ、スペイン語に他の外国語が侵入して来る場合、特に英語の影響を排除しようとする姿勢が王立アカデミーに見られます。米国で話される英語交じりのスペイン語「スパングリッシュ」が形成されつつあることを容認する考えは持っていないようです。


さて、スペイン語の将来性を見据え、その魅力に取り憑かれて世界中でスペイン語の学習人口が増え続けているのは嬉しい限りです。スペイン語がなぜ人気があり学ばれているのかを考えると、いくつかの理由が考えられます。多種多様な魅力ある個性的な独自の文化や社会に加え、芸術、音楽、食文化面での類を見ない魅力を持ち、私達は飽きさせません。特にラテン的な価値観は日本人には到底まねのできない人生観であるため、私達日本人には羨ましいとも言えます。


日本人にとってスペイン語は親しみやすい「関西弁」

語学上の魅力を考えると、スペイン語ほど日本人に向いている外国語は他にないと言っても言ではないでしょう。文法上の規則性に優れ、文字と発音が音声上一致し、入門レベルではどこの国の人でも親しみやすさを覚えるのは確かです。特に、英語とは相違点もありますが、類似点も多くあるので英語の知識があると上達が早くなると言われています。


日本語とほぼ同じ発音の5つの母音しかないため、曖昧母音の多い英語のように苦労せずに簡単に発音できる、一部の例外を除いてローマ字読みで綴り通りに文字を発音できる(発音記号がない)、日本人には馴染みやすい巻き舌rico, perro, sonrisa, alrededor など日本人にこれほど有利な発話上の条件が揃っている外国語は他にありません。もし、中学時代に英語ではなくスペイン語を外国語として選び、英語と同じように学習時間をあてていれば、日本人は外国語コンプレックスはなくなり、スペイン語を関西弁を話すような感覚で喋れるようになっていたかもしれません。


私は冗談でよく言うのですが、英語が世界の「標準語」だとするとスペイン語は「関西弁」であると説明します。親しみやすい、話しやすい、気取らない、構えないで発話できる敷居の高くない言葉です。スペイン語のあいさつ、「オラ、ケタル?」「コモ、エスタス?」が軽いノリで使われます。丘みどりのケセラ・ケセラの歌詞に、「そやな」、「そやね」、「しゃあないね」と同じです。事実、英語を話すと私は緊張するのですが、スペイン語では緊張感が全くなく、外国語を話しているとは感じません。ご存知ですか、次の地下鉄の標語を知っていましたか?東京の地下鉄に「チカンは犯罪である」という固い標準語で掲示がかつてありました。これが大阪の地下鉄に乗ると、「チカンはあかんで!」と電車のドアに貼ってあるシールに書かれてあったのがとても印象に残っています。











スペイン語が公用語として使われている国と地域


地域 国数 (備考)

国名

人口 単位:万人

欧州 1

スペイン

4,700

カリブ海 3

キューバ

1,150


ドミニカ共和国

1,070

(米国自治領で地域扱い)